大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)78号 判決

原告 三菱樹脂株式会社 外一名

被告 住友電気工業株式会社

主文

特許庁が、昭和四四年六月一七日、同庁昭和三八年審判第一、五二三号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告らの請求は、棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」旨の判決を求めた。

第二請求の原因

原告ら訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

被告は、昭和三八年三月三〇日、原告両名を被請求人として、登録第五一二、一二四号「干物棹」の登録実用新案について登録無効の審判を請求し、昭和三八年審判第一、五二三号事件として審理された結果、昭和四四年六月一七日、「本件登録実用新案の登録を無効とする。」旨の審決があり、その謄本は、同年七月五日、原告らに送達された。

二  本件登録実用新案の要旨

竹又は木の棹1にビニール管2を覆被し熱処理を施してビニール管2を収縮させて棹に密着し、これを締付けた干物棹の構造(別紙図面参照)。

三  本件審決理由の要点

本件登録実用新案(以下「本件考案」という。)の要旨は前項のとおりである。そして、本件考案は、この構造により、「ビニールの緊縛力とビニール管の被覆によつて棹の極度の乾燥を防ぐことの両者相俟つて棹は割裂しないものであるが、例え裂目を生じても表面のビニール管のため干物に対しその弊害がなく、又表面の滑らかなこととアクの出ないことによつて干物の損傷汚染を防止できる」という作用効果をもたらすものである。ところで、本件考案の出願前に発行された特許出願公告昭二九―二八四三号公報(以下「第一引用例」という。)には、木の杆にビニール管を被覆し熱処理を施してビニール管を収縮させて杆に密着し、これを締めつけた構造が記載されており、これによれば、ビニール管の緊縛力とビニール管の被覆により杆の極度の乾燥を防ぐことの両者が相俟つて木杆の割裂を防止し、例え割裂を生じても、ビニール管が表面の滑らかなこととアクを出さないことによつて、これに触れる他物の損傷汚染を防止できることは自明である。すると、本件考案は、第一引用例の木杆の構造とその作用効果に着目して、該木杆を干物棹としたものに相当する。一方、本件考案の出願前に発行された実用新案出願公告昭二九―四八七五号公報(以下「第二引用例」という。)には、多角形ビニール管の孔に多数の糸条を芯とした円筒形組紐を密接するように挿入した構造の物干紐が記載されており、これによれば、芯紐の腐蝕・洗濯物等の干物の損傷汚染を防止することができる。

ところで、本件考案の出願前木や竹の棹が紐類とともに、干物具として最も普通に使用されていたことは、顕著な事実であり、第二引用例のように、紐をビニール管で密に被覆したものがある場合に、第一引用例記載のビニール管を被覆して熱処理を施してビニール管を収縮させて密着した木杆を本件考案のように物干棹とすることは、当業者がきわめて容易に考案できたものというべきである。

したがつて、本件考案は、全体として、旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第一条にいう考案を構成しないから、本件登録実用新案の登録は、無効とすべきものである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件考案の要旨が本件審決認定のとおりであることは、争わないが、本件審決は、次の点において判断を誤つた違法があり、取り消されるべきである。

(一)  本件審決は、第一引用例に開示された技術内容を誤認したものである、すなわち、第一引用例は、ビニールの被覆による木や竹のひび割れ防止についてなんら示唆するところがない。第一引用例には、木製の杆にビニール管を被覆し、熱処理を施してビニール管を収縮せしめて杆に密着させた産業用機械器具用木杆について記載されているにとどまり、本件考案の出願時においては、かかるビニール管の被覆により木杆の割裂を防止できるということは、想像しえなかつたところといわなければならない。けだし、従来、産業用機械器具に用いる木製の杆には、たとえば、樫、楢などのような緻密、堅硬で、しかも、ひび割れをしないようあらかじめ乾燥処理した材料を選ぶのが普通であり、特別に割裂防止のための手段を講ずる必要はなかつたからである。

したがつて、本件考案のように、従来の木や竹の干物棹がひび割れやアクのために汚染損傷を生じていたのを防ぐため、熱収縮を起すビニール管を利用して、干物棹を案出して、前記弊害を除去したのは、全く新規な技術思想であつたのであり、これを誤認した本件審決は、判断を誤つたものというべきである。

(二)  第二引用例は、紐に関するものであり、紐は、本件考案または第一引用例の木や竹のように、ひび割れが生ずるものとは性質を異にするにかかわらず、本件審決は、第二引用例の記載から、第一引用例の木杆を物干棹とすることについて、当業者が容易に考案することができるとしたことは、判断を誤つたものである。すなわち、第二引用例は、多角形のビニール管の孔に多数の糸条を芯とした円筒形の組紐を孔に接着するごとく挿入した物干紐であり、従来の丸管ビニール物干紐が濡れた干物を掛けた際、その重量で垂れ下がる欠点があつたのに対し、芯を挿入することにより伸びが減少して、その欠点が除去され、また、干物が多角形の稜線に接触するため乾燥が良好となるというものである。換言すれば、多角形のビニール管の内面に接着するごとく糸条芯を挿入したにすぎず、紐をビニール管で密に被覆したものということはできない、しかも、干物具とはいうものの、木または竹と紐とではその性質を異にし、木や竹はひび割れを生ずるが、紐にはそのようなことがない。それにかかわらず、本件審決が、前記のように、第二引用例において紐がビニール管で密に被覆されているとしたうえ、第一引用例の示す、物干棹とは無関係な機械器具用木杆と結びつけて、本件考案をきわめて容易に考案することができるとしたのは、判断を誤つたものである。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

原告ら主張事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨および本件審決理由の要点が、いずれも原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決には、原告ら主張のような違法はない。

(一)  原告ら主張の取消事由の(一)について

第一引用例に記載されている機械器具には、道具、日用の道具も含まれる。しかも、機械器具に木竹製品が使用される場合には、その割裂防止の手段を講ずる必要がある。そして、割裂は腐蝕ないし風化作用によることは明らかであり、このような芯体の腐蝕ないし風化は、その上の密な被覆により少なくすることができるのは、本件考案出願前の技術的水準ないし技術常識であつたから、本願考案のように、芯体にビニール管を被覆し、熱処理を施してビニール管を収縮せしめて芯体に密着させて、その割裂を防止できるということは、その出願時において、想到できたことである。

(二)  原告主張の取消事由の(二)について

第二引用例には、紐とビニール管とは、「良く接着し」と記載されていて、紐とビニール管との接着の態様は「密に被覆し」たものである。したがつて、審決が、「密に被覆し」と認定したのは、第二引用例の内容を誤認したものではない。また、紐と木や竹とでは、性質を異にする(見方によれば、木と竹とでも性質が相違する。)ことは原告らの主張するとおりではあるが、木や竹のひび割れの存在は腐蝕ないし風化の存在にほかならず、他方、紐には、ひび割れと称すべきものはないにせよ、これに類似する腐蝕ないし風化の存在することを否定することはできない。しかもこの腐蝕ないし風化は、すでに述べたように、密な被覆によつて防止することのできることは、本願出願前の技術で解決ずみのことであるから、審決のこの点に関する認定を事実を誤認したものとするのは、当たらない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨および本件審決理由の要点が、いずれも、原告ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 当事者間に争いのない本件考案の要旨に、成立に争いのない甲第一号証(本件登録実用新案の出願公告の公報)を参酌考量すると、本件考案は、原告ら主張のとおりの干物棹の構造にかかり、このような構造をとることにより、ビニールの緊縛力とビニール管の被覆により干物棹の極度の乾燥を防ぐこととの両者相まち、棹の割裂を防止し、かつ、たとい棹の本体である竹または木に裂目を生じても表面に被覆されたビニール管のため、干物に本体の割裂による害を及ぼすことなく、また、その表面が滑らかなことおよびアクが表面に出ないことにより干物の損傷汚染を完全に防止しうるものであることを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、本件審決は、「第一引用例には、木製の杆にビニール管を被覆し、熱処理を施してビニール管を収縮させて杆に密着し、これを締め付けた構造が記載されており、これによれば、ビニール管の緊縛力とビニール管の被覆により杆の極度の乾燥を防ぐことの両者が相俟つて木杆の割裂を防止し、例え割裂を生じてもビニール管が表面の滑らかなこととアクを出さないことによつて、これに触れる他物の損傷汚染を防止できることは自明である。」とする。そこで、この点につき検討するのに、成立につき争いのない甲第三号証(第一引用例)によると、同引用例には加熱によつて収縮する熱可塑性樹脂管の製造方法が開示されているとともに、その樹脂管の用途に関し、「例えば金属製、木製等の管、杆を本法による樹脂管内に挿入して加熱する時は樹脂管は収縮して金属等の管杆に密着し、之を完全に被覆する。この場合管、杆に凸凹があつても之が著しくない限りその形状に従つて被覆を行う。斯かる被覆を行つたものは各種薬剤に対する耐腐蝕性が大きいので、腐蝕性溶体に接触する機械器具に使用して好適である。又単に美麗な管或は杆を希望する場合は、之に応じた意匠を施した樹脂管を使用して管、或は杆の被覆を行うことによつて目的物が得られる。」旨の記載(甲第三号証第二ページ左欄上から二行目以下)があり、これによれば木製等の管、杆をビニール管によつて緊密に被覆することによりその腐蝕等を防止し、またはその物の美化を図る等の構成および作用効果は開示されているが、ビニール管をもつて木製または竹製の干物棹を緊密に被覆することにより、その材料の割裂を防止し、かつ、干物の汚染損傷を防ぐようにする構成および作用効果については全く言及するところがないことが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、叙上第一引用例の記載から先に認定した本件考案の構成および作用効果が自明であるとまでみることは相当でない。

さらに、本件審決は、第二引用例には、「多角形ビニール管の孔に、多数の糸条を芯とした円筒形組紐を密接するように挿入した構造の物干紐が記載されており、これによれば、芯紐の腐蝕、洗濯物等の干物の損傷汚染を防止することができる。ところで、本件考案の出願前木や竹が紐類とともに干物具として最も普通に使用されていたことは顕著な事実であり、第二引用例のように紐をビニール管で密に被覆したものがある場合に、第一引用例記載のビニール管を被覆して熱処理を施してビニール管を収縮せしめて密着した木杆を本件考案のように物干棹とすることは、当業者がきわめて容易に考案できたものというべきである。」とする。そして成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によると、なるほど、多角形のビニール管の孔に多数の糸条を芯とした円筒形の組紐を孔に密着するごとく挿入せしめて成る物干紐の構造が記載されているが、その作用効果としては干物の滑りの防止、乾燥の良好化、ビニール紐の伸びの減少および物干紐の美観について述べているのみで、先に認定した本件考案の構成および作用効果については全く示唆するところがないことが認められる。

したがつて、本件考案の出願前木や竹が紐とともに物干具として普通に使用されていた事実の顕著であることは本件審決の指摘するとおりであり、かつ、たまたま第一引用例に木製の杆等にビニール管を被覆緊縮せしめることが記載され、他方第二引用例にビニール管の孔に組紐を接着挿入した物干紐の構造が開示されていたとしても、これらの引用例がいずれも本件考案の意図した構成およびその作用効果につき全く示唆するところがないこと叙上説示のとおりである以上、当裁判所は、第二引用例が存する場合第一引用例記載の木杆を物干棹とすることは当業者のきわめて容易に考案することのできたものとした本件審決の認定は、合理的根拠が十分でないと認めざるをえない。(むすび)

三 以上説述したとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告らの本訴請求は、理由があるものということができるから、これを認容することとし、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 服部高顕 石沢健 奈良次郎)

別紙図面

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